- ● はじめに
- ● ナノ粒子径・ゼータ電位分析装置
- ● 理論的背景
- ● 光学構成
- ● 単分散と多分散の比較
- ● 測定結果の解釈
- ● 参考文献
- ● 後方散乱検出技術
はじめに
動的光散乱法(DLS:Dynamic Light Scattering、別名:光子相関分光法 PCS)は、ナノ粒子の粒子径評価に広く用いられている代表的な手法です。DLSを原理とした粒子径測定装置は、ナノ粒子やエマルション、懸濁液といった試料に対して、「高精度」「高速測定」「優れた再現性」といった特長を兼ね備えています。
BeNanoシリーズは、動的光散乱法をベースとしたナノ粒子解析装置で、最小0.3ナノメートルまでの微細粒子の測定が可能です。ナノ材料の粒子径分布を把握する上で欠かせないツールとして、ナノパウダーの研究開発や品質評価の現場で幅広く活用いただけます。
ナノ粒子径・ゼータ電位分析装置
理論的背景
光散乱とは何か?単色かつコヒーレントな光源が粒子に照射されると、光(電磁波)は粒子を構成する原子内の電荷と相互作用し、粒子内に振動双極子を誘起します。この双極子から四方八方に発せられる光が、光散乱(light scattering)と呼ばれる現象です。準弾性光散乱においては、散乱光と入射光の周波数差は非常に小さく、振動双極子から散乱された光は、入射光の周波数を中心とする広がりを持ったスペクトルとして観測されます。
散乱光の強度は、粒子のサイズや分子量といった物理特性に依存します。また、散乱光の強度は時間とともに変化します。これは、粒子が媒質中で分子と衝突を繰り返すことにより、ブラウン運動(ランダムな移動)を起こすためです。この時間的な強度変動を自己相関関数として解析することで、粒子の拡散係数を算出できます。この拡散係数から粒子の移動速度を定量化するために使用されるのが、ストークス・アインシュタイン式(Stokes-Einstein equation)です。ここで言う「拡散係数」は、粒子の並進運動(translational motion)に関するものであり、回転運動は含まれていないことに注意が必要です。並進拡散係数の単位は「面積/時間」であり、粒子が原点から遠ざかる場合にも符号が変わらないよう定義されています。ストークス・アインシュタイン式を用いることで、拡散係数から粒子の粒子径分布を算出することが可能となります。この測定手法が、動的光散乱法(Dynamic Light Scattering:DLS)です。
ストークス・アインシュタイン式


「ハイドロダイナミック半径・流体力学的半径(hydrodynamic radius)」とは、拡散挙動が完全な球状粒子と同一となるような、実効的な粒子半径を指します。例えば、下図に示すように、粒子の実際の半径は粒子の中心から外周までの距離を意味しますが、ヒドロダイナミック半径には粒子表面に付着している分子や溶媒分子などの「付加構造」も含まれ、それらを含めて一体となって拡散するものとして評価されます。流体力学的半径は、並進拡散係数と反比例の関係にあります。

図1:流体力学的半径の説明図
光学構成
DLS(動的光散乱)装置の全体構成を図2に示します。

図2:Bettersize Instruments社 BeNano 90 装置の光学構成
- レーザー
DLS装置で使用されるレーザーは、主にガスレーザーと固体レーザーに分類されます。DLSでよく使用されるガスレーザーの代表例はヘリウムネオンレーザーで、波長632.8 nmのレーザー光を発します。固体レーザーは、利得媒体に固体を使用したレーザー装置であり、「ドーパント」と呼ばれる微量の添加物質(主にネオジム、クロム、イッテルビウムなどの希土類元素)を加えることで、光学的特性が調整されます。最も一般的な固体レーザーは、neodymium-doped yttrium aluminum garnet、通称 Nd:YAG レーザーです。ガスレーザーは波長の安定性と比較的低コストであるという利点を持ちますが、一般的に装置サイズが大きく、かさばるという欠点があります。一方、固体レーザーは小型・軽量で取り扱いが容易であるため、近年ではより広く利用されています。
- 検出器
レーザーがサンプルセルに照射されると、粒子によって光が散乱されます。この散乱光は、粒子のブラウン運動によって強度が時間とともに変動します。高感度の検出器は、この微弱な散乱光の強度変化を正確に捉え、電気信号へと変換し、相関器での解析に用いられます。DLS装置において一般的に使用される検出器は、光電子増倍管(PMT)とアバランシェ・フォトダイオード(APD)です。Lawrence W.G. らによると、PMTとAPDは多くの条件下で類似したノイズ対信号比を持ちますが、赤色~近赤外領域においてはAPDの方が優れた性能を示し、絶対量子効率もPMTより高いと報告されています。これらの理由により、近年ではDLS装置においてAPDの採用が増えています。
- 相関器
光学系で散乱光の検出が完了した後、次は検出された信号を基に相関解析を行い、粒子の動的半径(ハイドロダイナミック半径)を算出します。検出器で得られた散乱光強度の信号を、時間τ(数ナノ秒〜数マイクロ秒の任意の時間間隔)だけずらして自己相関を行います。ここでの時間間隔τの正確な値は、最終的な測定結果に大きな影響を与えません。数式処理を通じて、自己相関関数 G₁(q, τ) を得ることができます。この関数は、τが増加するにつれて1から0へと指数関数的に減衰します。0は時間tとt+τの間に相関がまったくないことを、1は完全な相関があることを意味します。すべての相関関数情報が得られた後、Stokes–Einstein式を用いてハイドロダイナミック半径(粒子サイズ)を計算します。
単分散と多分散の比較
単分散(モノディスパース)な粒子とは、サイズ・形状・質量がほぼ同一であり、粒子径分布曲線では鋭い1つのピークとして現れます。一方、多分散(ポリディスパース)な粒子は、それらのパラメータが不均一であり、広がりのある分布を示します。試料が単分散か多分散かを把握することは、非常に重要です。なぜなら、動的光散乱の相関器で用いられる粒子径分布の解析アルゴリズムは、この分散状態によって選択が異なるためです。
多分散試料の自己相関関数を解析するためには、主に以下の2種類の数学的手法が用いられます。
① キュムラント法(Cumulants法)
最も一般的に使われる手法で、自己相関関数をテイラー展開して解析します。ただしこの手法は、粒子径のばらつき(多分散性)が比較的小さい試料に対してのみ有効です。計算結果の妥当性は、「PDI(ポリディスパーシティ指数)」の算出により確認できます。PDIが小さい場合、キュムラント法による解析結果は信頼できるとされます。
② CONTIN法
より幅広い粒子径分布を持つ多分散試料に対しては、CONTIN法が使用されます。これは正則化(レギュラリゼーション)を含む、比較的複雑な数学的アルゴリズムであり、粒子のハイドロダイナミック半径分布を直接計算することが可能です。
測定結果の解釈
測定結果の適切な解釈は、粒子径評価の信頼性を確認し、粒子径分布に関する有用な情報を得る上で非常に重要です。粒子径解析を行う前に、相関関数(Correlation Function)の品質を確認する必要があります。相関関数の形状は、その測定の精度を直接反映するためです。たとえば、図6に示すように、相関関数が1から0へと滑らかに指数関数的に減衰しており、ノイズが見られない場合は、高品質な相関が得られており、そのまま粒子径分布の解析に進むことができます。

図6:良好な相関関数の例
一方で、図7のように滑らかなカーブでありながらも若干のノイズが見られる場合は、サンプル中の不純物(例:微細なゴミや埃など)が影響している可能性があります。この場合、適切なシリンジフィルターを用いて再度ろ過を行うことで、不純物を取り除くことが推奨されます。

図7:ノイズを含む相関関数の例
散乱強度が不十分な場合は、図8のような相関関数になります。最大値が1に達しておらず、指数関数的な減衰も見られません。

図8:不十分な相関関数の例
このような場合は、サンプル濃度の増加や、測定回数(サブラン)の増加などによって、散乱強度を高める必要があります。
動的光散乱(DLS)では、粒子径は「Z平均粒子径(z-average)」として報告されます。これは、散乱光の強度を重みとした平均値であり、Cumulants法やCONTIN法によって自己相関関数を解析する際に、平均拡散係数が導出され、それに基づいてストークス・アインシュタイン式で計算されたものです。Z平均粒子径の信頼性を判断するためには、「ポリディスパーシティ指数(PDI)」を確認します。下表に示すように、DLS測定結果には、Z平均粒子径(不確かさ付き)および対応するPDI値が含まれます。PDIの値が大きい場合(すなわち多分散性が高い場合)、Z平均粒子径はサンプル全体を正確に代表していない可能性があります。
ISO 22412:2017(動的光散乱による粒子径測定)に準拠すると、粒子径の測定結果は、不確かさおよび再現性とともに報告する必要があります。
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不確かさ:標準偏差で表現され、測定のばらつきを示します。
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再現性(Repeatability):相対標準偏差(RSD)で示され、同一条件下での繰り返し測定の一貫性を評価します。
特に、粒径が50 nm〜200 nmの単分散サンプルにおいては、Z平均粒子径の再現性が2%未満であることが求められます(ISO 22412:2017規定)。
参考文献
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Dhont, J. K. G. An Introduction to Dynamics of Colloids; Studies in interface science; Elsevier: Amsterdam, Netherlands ; New York, 1996.
Falke, S.; Betzel, C. Dynamic Light Scattering (DLS): Principles, Perspectives, Applications to Biological Samples. In Radiation in Bioanalysis; Pereira, A. S., Tavares, P., Limão-Vieira, P., Eds.; Bioanalysis; Springer International Publishing: Cham, 2019; Vol. 8, pp 173–193. https://doi.org/10.1007/978-3-030-28247-9_6.
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Light Scattering from Polymer Solutions and Nanoparticle Dispersions; Springer Laboratory; Springer Berlin Heidelberg: Berlin, Heidelberg, 2007. https://doi.org/10.1007/978-3-540-71951-9.
Nanoscale Informal Science Education Network, NISE Network, Scientific Image – Gold Nanoparticles. Retrieved from https://www.nisenet.org/catalog/scientific-image-gold-nanoparticles.
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Optoelectronic Components, Avalanche Photodiodes (APD), Warsash Scientific. Retrieved from: http://www.warsash.com.au/products/optoelectronics/PHOTONIC-DETECTORS.php
Scotti, A.; Liu, W.; Hyatt, J. S.; Herman, E. S.; Choi, H. S.; Kim, J. W.; Lyon, L. A.; Gasser, U.; Fernandez-Nieves, A. The CONTIN Algorithm and Its Application to Determine the Size Distribution of Microgel Suspensions. The Journal of Chemical Physics 2015, 142 (23), 234905. https://doi.org/10.1063/1.4921686.
後方散乱光検出技術
― 最適な検出位置を自動で探索 ―

検出位置がセルの中心にある
左図に示すように、検出位置がセルの中央にあると、レーザーがサンプル全体を通過し、多くの粒子からの散乱光が検出器に届くため、広い散乱体積を確保できます。その結果、微粒子や希釈されたサンプルのように散乱強度の小さい試料に対しても高い感度で測定できるというメリットがあります。しかし、サンプルの濃度が非常に高い場合や、散乱強度が極めて強い場合には、過剰な散乱によって多重散乱が生じ、正確な測定が困難となります。無理に測定を行った場合、実際の粒子径と大きく乖離した結果になるおそれがあります。
検出位置がセルの端にある
右図のように、検出位置がセル壁近くに固定されていると、レーザー光がサンプルを貫通する必要がなくなるため、多重散乱の影響を大きく低減することができます。これにより、高濃度試料でも精度の高い粒子径測定が可能になり、再現性の高いデータが得られます。ただし、この構造では散乱体積が小さくなるため、測定感度が低下します。その結果、微粒子や希釈されたサンプル、あるいは散乱の弱い試料に対しては十分な性能を発揮できない場合があります。
解決策:最適検出位置のインテリジェント探索
レンズを動かすことで、検出位置をサンプルセルの中央から端まで任意の位置に調整可能です。これにより、サンプルの濃度や粒子サイズ、散乱特性に応じた最適な検出条件を柔軟に設定できるようになります。実際の測定では、装置が各サンプルに対して自動的に最適な検出位置とレーザー強度を判断します。その結果、希薄サンプルから高濃度サンプルまで幅広い試料において、常に高精度な測定が可能になります。
